火車迷的臺灣旅遊
〜台湾を鉄道で旅する〜
沼平車站内の時刻表。眠月線の欄には「運休」の貼紙が。無念。
第 5 日目: 阿里山 → 嘉義 → 台中
沼平站にて
4:15 頃、目覚しが鳴る前に電話が鳴って起こされる。 長袖 T シャツにシャツ 2 枚を重ね着し、その上に厚手のカーディガンを羽織り、更にウインドブレーカーを着込む。 裾は搾って体温を逃さないようにして表に出るが、さほど寒さは感じない。 すっかり着膨れモードだが、これなら大丈夫そうだ。 御来光を観た後で再度宿に戻ることにし、最低限の荷物だけを持って沼平までの道を歩き出す。
沼平までの道乗りは夜明け前で真っ暗だが、ふと見上げると満天の星空。 東京では絶対にお目にかかれない、死兆星(死語)が見えそうな程澄み切った夜空である。 沼平站には 5:00 に到着。 切符の販売はまだのようで窓口は開いていなかったが、しばらく待つと販売が始まる。 「去回」と書いた紙を窓口に出して祝山線の往復車票を買う。
站舎が開くやいなや観光客がどっと站舎内に入り込んだため、狭い站舎内はたちまち人で溢れ返る。 站舎内の時刻表を見たところ、眠月線はやはり路線災害のために休止中だとの表示。 少しは期待していただけに残念だ。また、神木行き列車の時刻が空欄なので、今日は出ないのかもしれない。
すると、車站内に物売りのおばさんが現れた。 ビニール袋に何やらたくさんのものを詰め込んで、列車待ちの人々の間を売りに回っている。 何かと思うと、紙にセロファンを貼り付けただけの簡単なサングラスだった。 別にいらないよな、とは思いつつも、値段は僅か 10 元。 何かの記念になるかも、と思って購入(しかし後から大活躍)。
祝山線で祝山へ

祝山車站に停車中の祝山線列車。
| 祝山線平快 | 沼平(5:40) → 祝山 | |
| 祝山線平快 | 祝山(7:10) → 沼平 | 150 元(往復) |
やがて祝山線の列車が入線。赤と緑でカラーリングされた、森林鉄道らしい可愛い車両(祝 8300 型)である。 客車 4 両 + ディーゼル機関車 1 両の編成が二つ連なった珍しい編成だ。 車両はロングシート。車内はすぐにいっぱいになり、結局立席で祝山(チューシャン)まで行くことに。 だが定刻の 5:40 になったも列車は発車しない。待つこと 10 分、5:50 頃にようやく発車。推進運転で祝山へ。
沼平站を出る頃には少し明るくはなってはきていたものの、薄暗くて車窓からは何も見えない。 しかし眠月線との分岐点を過ぎてしばらくすると回りは徐々に明るくなって来て、木々の隙間からは阿里山連峰の山影が見えるようになった。
終点・祝山站(2,451m)に着くと真っ先に列車を降り、改札を出て構内が見下ろせる位置へと移動し站を撮影。 それから展望台へと向かう。既に展望台は人でいっぱい。 展望台の脇にはヨシノザクラがあった。嘉義で店の奥さんが言っていたのはこのことだったのか。 しかし平地なら兎も角、この寒い阿里山ではさすがにまだ咲いていなかった。
朝靄の中、雲の合間に玉山が見える。何とも神秘的な風景だ。 その美しい風景に見入っていると、横にいたお年寄りの一団から日本語が聞こえるので、声をかけてみた。 何でも、学校の同窓会で台湾へと来ているとのこと。 俄か仕込みの台湾に関する知識を披露しつつお年寄り達といろいろなことを話していると、 展望台の前で何やら大声で説明をしながら絵はがきを売るおじさんが現れた。 それにしてもこのおじさんの説明が長い。20 分以上も大声で喋っている。まるで筑波山のガマの油売りのようだ。
空はどんどん明るくなり、遂に御来光が顔を出した。 展望台のあちこちから拍手が上がる。息を飲む程、雄大で神秘的なシーン。 これはお金を払って見に来た価値があった。しかし日の出を見るなんて、徹夜明け以外では何年ぶりだろう。
先程のお年寄りの一団の中のご婦人が「まぶしくて見えないね」 と言っていたので、先程買った簡易サングラスを差し出す。 大変喜んでいただけた。他の何人かの方々にもサングラスを貸して、最後に自分でも使ってみる。 なるほど、確かにないよりはあったほうがいいかも。
日が登り切ると車站に降りる人も増え出す。先程のお年寄りの一団も車站に戻られ始めた。 しかし、同時に御来光をバックにした写真撮影があちこちで始まり、展望台には居場所がなくなるほど。 数組のカップル達の写真を撮ってあげた後、私も車站に戻って、站舎や列車を撮影する。 ついでに昨日の疑問であった連結器をチェック。 見たところ、どうやら円い部分がバッファになっており、バッファから出たリング部分を連結するようだ。

祝山車站。月台中央に大きな階段があり、そこを登ると展望台に出る。

祝山線で運行されている客車(祝 8300 型)。バッファと連結金具が一体化された感じの連結器。
そして列車は定刻通り 7:10 に祝山を発車。 途中、沿線の道路から祝山線の列車を撮影する人が何人もいた。特に「鉄」だというわけではない一般の人だ。 台湾では列車の写真を撮影する人は殆ど見かけないが、やはり祝山線の列車の写真は阿里山に来たという記念になるのだろう。
列車は快調に山を下り、何事もなく沼平へと到着。
阿里山を歩く
沼平からはまた長い道程を下って宿に戻る。防寒対策を解き、いよいよ阿里山観光へ。 ところが宿を出ようとしても、フロントには誰もいない。仕方がないので鍵を置いて、そのまま出てきてしまった。
時間はちょうど 9 時。山歩きの前に朝食だ。台湾の朝食と言えばお粥。 是非とも食べたかったので看板に粥が出ている店を当たったのだが、「没有(ない)」との冷たい答。 仕方なく昨晩と同じ店に入って注文すると、こちらにはあった。嬉しいぞ。 食事の後は別の店に入り、山歩きに備えて水を購入。

SL ホテルとして保存されているシェイ。左側が 28t 級、右側が 18t 級。
再び沼平站まで歩く。まずは沼平站前の SL ホテル(阿里山火車廂旅館)へ。 阿里山山頂での宿泊施設を充実させるべく、1984 年に林務局が沼平站構内の機関庫跡地にオープンさせたものらしいが、現在は休止中である。 老蒸気機関車・シェイもちゃんとした手入れがなされてないようで、ほったらかしに近いような印象を受ける。 じっくりとその雄姿を眺めた後、おもむろに写真撮影。 うーむ、この旅に出るまではこんなキャラではなかったのになぁ。 今では鉄道関係のモノがあると、まず写真を撮るようになってしまった。
さて、いよいよ遊楽區へ。阿里山のこの区域は先にも述べたように「阿里山森林遊楽區」と呼ばれており、遊覧用の遊歩道に沿って歩けば観光ポイントがほぼ見て回れるようになっている。 遊歩道までの道は祝山線に沿って続いているのだが、運行本数が少なく、森の中へと消えて行く祝山線の鉄路には、まるで廃線跡のような幽玄な雰囲気が漂っている。
遊歩道は森林浴気分。ひんやりとした森の空気を吸っていると、本当にここが亜熱帯の台湾かと疑いたくなる。 やがてに姉妹潭という、二つの池へと到着。 姐潭のほうは深い森に囲まれた静かな池で、日本の古寺に通じる雰囲気がある。 何でも、許されぬ愛に苦しんでここで情死したという伝説が残っているそうだが、許されぬ愛って一体…もしかして同性愛の上、近親相姦だったのか?(違うと思うが)
この回りには不思議な形をした木や切株(?)が多く、その形に因んだ名前がついているものもある。 それらを眺めるのもまた面白い。 そのうち、何やら子供の声が聞こえ始めた。おやと思うと、森を抜けたところには何と国民小学があり、その前には受鎮廟という廟が立っている。 受鎮廟は台湾の廟らしく、美しい装飾で飾られているが、どうやら現在は修復の最中らしい。 台湾中部大地震の影響なのだろうか。
この受鎮廟のまわりにはみやげ物屋が多い。 阿里山はお茶の名産地なので、お茶を購入することに。 「たくさん買うからまけてくれ」とは言ってみたもののビタ一文まけてくれない。 ケチ。買ったお茶をリュックにしまうと…うぅ、さすがに重くなったぞ。
順路通りに吊橋を渡り、すぐ傍にある小さな廟(福徳廟)の前でひと休み。 三代木や象鼻木などを見て、阿里山高山博物館に行くが、残念ながら休館であった。続いて慈雲寺を拝観。 やはり仏寺に入ると落ち着くのは日本人の習性なのか?
…と、ここでどうやら順路を若干ショートカットしてしまっていることに気が付くが、とりあえず、本来の順路とは逆向きに巨木群を見る。 ここには樹齢 1,000 年から 2,000 年の大木が数多くあり、これらの巨木を見ていると、自然の雄大さを改めて思い知らされる。先程の御来光もそうだが、自然崇拝を行う人間の心境が分かる気がした。

神木車站構内からスイッチバックを望む。左側の柵中の倒木が神木。
途中で神木と神木站のレールが見えるが、降り方がわからない。 仕方なく再び吊橋まで戻り、先程とは反対側へと降りて行くと神木站へ到着。
既にこのあたりでかなりの疲労が出てきたが、そうは言っても何ともならない。 疲れた両足を鞭打って沼平站に帰り着いたのは 12:40 頃。 歩くことにはそこそこ自信はあったのだが、さすがにこの急勾配の登り降りは堪えた。
阿里山から下界へ

沼平車站構内。阿里山號對快はテールマーク付き。かつては機関車にもヘッドマークを掲げていたらしい。
| 阿里山號對快 6 次 | 沼平(13:18) → 嘉義(15:52) | − |
沼平車站では帰りの列車の座席予約をしなければならない。 今日の嘉義行としては 13:18 の 6 次(定期)と 13:40 の 214 次(臨時)の二本があるが、せっかくなので早いほうで帰ろうと 6 次を選ぶ。 窓口氏に往復車票を提示し、復路の座席記入欄を指差すと、車票を取って座席番号を記入してくれた。 座席は 3 車 23 号。昨日と同じ一人がけ席のほうだ。
さて、山歩きで水を全て飲み切ってしまったので、新しい水を補給したいし、何らかの食事もしたい。 沼平站から少し歩くと数件の店が出ていたので、そこで食事を取る。 竹筒飯という、竹の筒で餅米を蒸した炊き込みごはんのようなものと、卵を絡めた餅(ピン)を注文。 どちらもうまかった。
疲れたあとはやっぱりビールだよな…と思っていると、隣の店で台湾ビールを発見したので、喜び勇んで購入。 もちろん水も仕入れて沼平站に戻る。沼平站にはもう既に列車が入線していたが、まずは水分補給とばかりにビールを開ける。 気分爽快、これだけで疲れが吹き飛ぶから、人間なんて単純なものだ。 水分補給の後は当然ニコチン補給。それから站舎に入るが、検札はまだであった。 しばらく待っていると検札が始まり、月台へ。ついでに、昨日撮影出来なかった阿里山號のトレインマークを撮影。

阿里山號から阿里山車站を撮影。 壮麗な站舎は撤去され月台だけがその姿を晒す。
列車は 13:18 に沼平を出発。乗車率は昨日より若干低いが、それでも殆んどの席は埋まっている。 昨日見た阿里山站を確認すべくデッキへと移動し、デッキドアを開けて外を眺める。 間もなく列車は阿里山站に到着。予想通り、昨日の残骸が阿里山站であった。 荘厳な駅舎は完全に姿を消し、ホームしか残っていない。 この阿里山站が、再び阿里山観光の入口として復活する日は来るのだろうか?
昨日と違い、客室内は睡眠モードに入っている乗客が多いので、今日はデッキを独占。 昨日はよく見られなかった方向の風景を眺める。しかし今日は午後になってから雲が出てきたため、 昨日程綺麗に風景は見えない。ところで、途中で化粧室に入ったのが、なんとびっくり。 穴から地面が見える便器だった。もしかすると初めての経験かもしれない。 しかし揺れが酷くて、狙い(?)をつけるのに一苦労。
やがて列車は奮起湖へ到着。 昨日よりもホームに降りる人が少ないところを見ると、やはり皆寝ているのだろう。 しかし降りている人は勝手に月台からも降りたりと好き放題。 せっかくなので私も月台を降り、昨日撮影したシェイをより近くで撮影してみた。
奮起湖を出た後はさすがに眠くなったので寝入ってしまうが、30 分もすると目が覚めてしまった。 そのままぼんやりと車窓の風景を眺めたり、これからの予定を検討していたりしていると竹崎に到着。 さすがに下車する程の時間はないので、車内から駅舎の写真を撮影。

かつて阿里山森林鐵路を走っていた旧型客車。
北門には阿里山森林鐵路で以前使用されていた型の客車が止まっていたので、とりあえず撮影。 北門を出てからしばらくすると、同様の年代ものの車両が更に沢山止まっていた。 ぼーっと眺めていたのだが、何とそのうちの一台の客車が「中興號」のトレインマークをつけているではないか。 この「中興號」、まだ阿里山への交通が鉄道しかなかった頃、阿里山観光の看板列車として阿里山へ数多くの観光客を運んだ、歴史ある列車の名前なのだ。撮影しておけばよかった。大失敗である。
無念さの中、やがて列車は嘉義に到着。長かったが有意義な阿里山森林鐵路の旅もここで終点だ。
再び嘉義にて
さて、今日は台中(Taichung; タイツォン)まで行く予定なので車票を買いに窓口へ直行。 台中では名物と言われる太陽餅を味わってみたいのだが、その元祖と言われる店が 20:00 までの営業なので、それに間に合わせるべく優等列車で行くことにする。
ちょうど 17:15 発の自強號があったのでそれに乗ろうと思ったのだが、窓口氏の答は「没有」。 よく見ると、この自強號は「逢週日行馳」。 よく分からないが(トホホ)、おそらく休日運転か何かで今日は運行していないのだろう。 となると、次の優等列車は 17:44 の自強號しかない。仕方がないのでそれを買う。
さて、「えらく時間が空いてしまったなぁ」と思っているうちに、おなかが空いたことに気がついた。 自強號なら車内販売があるはずだし、せっかく来ているのだからぜひ車内販売のお弁当を食べたいところだが、 一時間強のうちに席まで車内販売が回ってくるかどうかは若干怪しい。 そこで、ちょっと早いが嘉義で食事を澄ませることにした。
嘉義の駅前の店を物色していると、自助餐の店を発見。 自助餐とは要するにセルフサービスの食堂で、店に並んでいるものの中から自分が食べたいものを皿に取る、というスタイルを取る。 しかし会計方式などは店によって違うらしいし、もちろん私はまだこの形式の食堂を利用したことがない。 「まぁ、いつかは経験するんだし」ということでいざ挑戦。 並んでいるものを紙皿に取り、レジのようなところに持って行くと会計完了。 レジではごはんを盛ってくれる。結局、70 元程度でちゃんと夕食が食べられた。 ちなみに、使い終った紙皿や箸は玄関のところにあるゴミ箱に捨てるようだ。
台中へ

台鐵が誇る最新型プッシュプルトレインの自強號(E1000 型)。
| 自強號 1034 次 | 嘉義(17:44) → 台中(18:53) | 225 元 |
食事もしたので嘉義車站に戻り、月台で自強號の到着を待つ。 さすがに夕方なので月台は人でいっぱい。高校生や中学生の姿も目立つ。
やってきた自強號は西部幹線用の新型プッシュプルトレイン(*1)。 これは台鐵が誇る特急型車両で、最高速度は 130km/h。 何でもマスクは JR 九州の 787 系に似ているとのことだが、私にはそのあたりのことは分からない(*2)。 で、さっそく乗り込んだはいいのだが、席についた瞬間に服務小姐が車内販売でお弁当を持って来た。 ダメダメである。これなら嘉義で食事などするのではなかった。
しかも外は暗くなってきて、車窓の風景を眺めるのは若干辛い。 とりあえず車内で「地球の歩き方」を見ながら、台中でのホテルを物色する。 それにしても、狭軌の列車ってこんなに広かったのか…と、ナローの車両に慣れた体には妙に新鮮。
そうこうしているうちに、あっという間に台中到着。やはり超特急では味気ないなぁ。
*1: 先頭車両と最後尾の車両が動力車で、後は付随車という編成。 ヨーロッパで広く採用されている。 日本では伝統的に動力分散方式(各車両にモーターがある)を採用していたが、日本でもここ最近は動力車の数を減らす傾向にある。
*2: 日本に帰ってから確認してみたが、雰囲気は確かに似ているかも。
台中にて
とうとう台中までやってきた。優等列車で来たので、20:00 までの時間は十分にある。
ところでこの「台中」という地名、横文字表記では「Tai Chung」であるし、日本人には一般的に「中」は「ちゅん」と発音されると思われているので、ついつい「たいちゅん」と読んでしまうが、 北京語では「中」は「ツォン(Zhong)」っぽく発音するので「台中」の発音はむしろ「たいつぉん」に近い。 自強號の車内アナウンスでもそのように発音されていたし、実際に現地の人に「たいちゅん」と言っても通じないことがあった。
今夜の宿は站前の富春大飯店。ここのフロントは英語 OK でありがたい。 一泊 600 元と提示されたが、530 元に値切った。 しかし部屋は狭い。値段が値段だけに文句は言えないが、ここに 2 日間は失敗かも。
荷物を部屋へ置いて、太陽餅の店に行く。 しかし台中の街は「太陽餅」の看板だらけ。 一体どれが目指す店なのかさっぱり分からなかったが、なんとか「元祖」を捜し出して試食。 太陽餅とは水飴を小麦粉の皮で丁寧に包んで焼き上げたお菓子で、ちょっともっさりとしてはいるが、なかなかいける… というわけでおみやげ用に購入。
その後は街をぶらぶらし、途中で本屋や PC ショップを覗く。 しかし、台中車站の近辺はあちこち工事中で非常に歩きにくい。 よもやまだ、台湾中部大地震の影響が残っているのだろうか? ふと空を見ると、空はすっかり雲で覆われている。明日は雨かもしれない。
さて、さすがに洗濯物が溜まってきたので、今日は洗濯デーと決定し、部屋に帰って洗濯を開始。 しかし手洗いというものがこんなに大変だとは思わなかった。 全自動洗濯機というのは正に偉大な発明だ。 ついでに言えば、日本の母と呼ばれる方々、あなた方は偉大だ。所詮私は、日本のバカ息子です。
何とか洗い終わって、ドライヤーで大まかに乾燥させる。 ここには 2 泊するので、乾かす時間は十分。 生乾きのまま風呂場に洗濯物を干す。既に時間は 24:30。 大慌てで就寝する。明日も朝は早いのだ。