Weekly "Keyboard World"
週刊「鍵盤世界」
2. QWERTY's truth
アルファベット 26 文字だけでも、キーの配列には 26! 通り(403,291,461,126,605,635,584,000,000 通り) の異なる配列方法が考えられます。その中で、決して分かりやすいとは言えない「QWERTY 配列」が、 なぜキーボード配列の主流を占めることになったのでしょうか。 そして、我々が知っている例の逸話は、本当に歴史の真実を伝えているものなのでしょうか ― 1997.9.1 掲載。
現在のキーボードの配列は、殆ど全部が「QWERTY 配列」に準拠したものとなっています。 ご存知の通り、キーボードの 2 段目の文字を左から順番に読んでいくと QWERTY…と並んでいるため「くわてぃ」(又は「くわーてぃ」)配列と呼ばれています。
しかし、最初にこの読み方を発明した人は一体どこのドイツなんでしょう。 別に「ASDFGH」(あすどふぐー)配列とかでもいいと思うのですが… (流石に「123456 配列」っていうのはマズイでしょうけど)。
今回はこの QWERTY 配列について、ちょっとお話ししてみようかと思います。
QWERTY 配列は、ずっと昔のタイプライタで使われ出したキー配列です。でも、 タイプライタも最初からこんな奇妙なキー配列を採用していたわけではないそうです。 私はさすがに見たことはないのですが、一番最初のタイプライタのキーは、 ちゃんとアルファベット順に並んでいた、とのこと。 まぁ、真っ当な人間なら普通はそう並べますよね、 きっと(もっとも、QWERTY 配列に慣れてしまった私たちには、 「アルファベット順に並べられたキーボード」 なんてただ単に奇妙なシロモノでしかないのですが…)。
しかし、タイプライタの発明者 Christopher Sholes 氏は、 タイプライタの発明後 1 年もしないうちにこの奇妙な QWERTY 配列を考案し、 タイプライタに搭載しました。QWERTY 配列が幅をきかせだすのはこれ以降で、 今やすっかり主流として定着してしまったのは皆さんご存知の通り。
QWERTY 配列は使ってみれば簡単にわかるように、 高速なタイピングが出来るように考えて作られた配列ではありませんし、 人間が直観的に理解できる配列でもありません。ではなぜ、 わざわざこんな配列が考え出されたのか…という疑問に対し、 皆さんも一度はこんな説明を受けたことがあるのではないかと思います。
「昔のタイプライタは速くキーを打ちすぎると、キー同士が絡まってしまい、 タイプライタを壊してしまう。そのため、あえてタイピング速度が遅くなるような配列が考え出された」
一見非常に真っ当な説に見えるんですけど、本当でしょうか? 実は私自身、これってマユツバじゃないのかな…って思っていました。 あちこちでこの説を聞くにも関わらず、誰もその説の出典を明らかにしない、というのがその理由です。 何となくですが、「最初に誰かが言い出したことが、そのまま俗説として広まってしまっただけなんじゃないのか?」 などと勘ぐってしまうのです。
でも、いろいろ調べてもなかなか「反証」となるものがないんです。 こりゃ困ったな、とか思ってたら、この「QWERTY は意図的に打ちにくくされた配列説」に対する理論的な反論が見つかりました。 『IBM-PC ハードウェアバイブル』の中で、著者である Winn L. Rosch 氏がこう書いていたんです。
それほどに高速なタイピングは、キーボード上に 10 本の指を動かす現代式のタッチタイピングで実現できるものだが、このタッチタイピング方式は Sholes が QWERTY 配列を定着させてから約 10 年も経ったあとで行われるようになったものだからだ。
タイプバー(用紙に文字を打ち付けるために振り上げられるレバー)が絡まないように、 アルファベットの順序に関係なくばらばらにキーを振り分けることは、まったく意味のないことである。 なぜなら、タイプバーの配列とキーの配列は、直接的な関係は何もないからだ。
うーん、至極明確かつわかりやすい反論です。確かに、タイプバーが絡まってしまうような高速なタイピングは、 我流ではなかなか実現出来そうにありません。また、タイプライタ発売後 1 年の間にそこまで強烈なタイピストが世にぞろぞろ出て来た、というのも考えにくいところです。
ただ、ここに挙げた「QWERTY 配列が意図的に打ちにくくされたという説は眉唾である」説については、 実は私も『IBM-PC ハードウェアバイブル』でしか確認したことがありません。 もし、他にもこの手の情報をお持ちの方がおられましたら、是非御一報いただければ、と思います (『IBM-PC ハードウェアバイブル』自体はそれなりに信用が置ける書物だとは思うのですが…)。
でも、本当のところは実際誰にも分かりません。なにしろ、張本人の Sholes 氏は、QWERTY 配列誕生についての記録を一つも残さなかったのですから。 そのせいで、誰も「QWERTY は意図的に打ちにくくされた配列」説の出典を書けないわけなのですが、 こうしてこの謎の配列は、謎のまま今日まで使われ続けているのです。
しかし、もし「速く叩きすぎるとキーボードが壊れてしまう」説が真実だとしたら… 往年の機械式タイプライタならまだしも、現在の電子式キーボードにそんな心配は無縁のはずなのに、 それでもキーボードの配列が QWERTY のまま、っていうのは何とも無駄な話ですよね。 イワユル「人間工学」とかに基づいて、 もっと高速なタイピングが出来るキー配列が誕生しても良さそうなものなんですが、 世の中なかなかそうはいかないみたいです。
実際、「キー配列としては必ずしも最適なものでない」QWERTY 配列を置き換えるための配列というものは、これまでにも幾つか考案されてきました。 有名なところでは August Dvorak と William L. Dealey による「Dvorak 配列(Dvorak-Dealey 配列)」 なんていうものがありますし、有名でない(失礼!)ものとしては国産の TRON に採用されている「TRON キーボード」なんていうものもあります。 日本語入力に特化したものですと、富士通の親指シフトキーボードなんていうのが有名ですよね (そういや、ちょっと前に確か日本電気が「ラッキーボード」とかいうのを作ってましたね。 売れたのかどうか、ちょっと心配ですが)。
しかし「新しいキー配列を覚える」という行為はなんだかんだ言って手間ですし、 覚えてそれに慣れるまで、そしてそのキー配列による高速入力の真価が発揮できるまでには、 大きく生産性が落ちてしまいます。
結局人間っていうのは「慣れたものがイチバン」というか、お箸とお茶碗でないとご飯を食べた気がしない、というか… この手のキーボードは広く使われたことがないのは、 「QWERTY でタイプできるんだから、それでいいじゃん」っていう、至極真っ当な理由によるものなのでせう。
今回は QWERTY について好き放題書いてきましたが、 機会があれば Dvorak 配列についてもそのうちお話出来るかと思います。それでは、また来週。
参考文献
- 『IBM-PC ハードウェアバイブル』(株式会社アスキー、1994)