Weekly "Keyboard World"
週刊「鍵盤世界」
7. Capitals lock
Bentham の言うところの「最大多数の最大幸福」に従うなら、A の横には Caps Lock が存在するべきです。恐らくは。 ― 1997.10.5 掲載
前回は、「次回は Ctrl と Caps Lock の終りない場所争いについて」という感じで話を締めました。 というわけで、今週はまず Caps Lock キーのことから書いてみようかと思います。
Caps Lock キーは、ご存知のようにタイプライタの時代から存在しています。 しかし、最初は「Caps Lock」という名称も、その機能も持っていませんでした。 実は、Caps Lock キーの前身は、「Shift Lock」というキーだったのです。
現在のコンピュータのキーボードとは異なり、タイプライタのキーボードというのは非常にキーが重いものでした。 大文字が多い文書を作成するときなど、Shift キーを押し続けなくてはならない小指の負担は相当なものだったことだと思います。
そこで、機械的に Shift キーを引っかけてしまい、Shift キーが押しっぱなしになるような仕組みが考え出されました。 その仕組みを実現するために生まれた専用のキーこそ、Shift Lock キーだったのです。 Shift Lock キーを一回押すと Shift キーが機械的にロックされ、押されたままの状態になります。 また、もう一回押すと、Shift キーのロックが解除されます。
しかし、少し考えてみれば分かることなのですが、Shift Lock はアルファベットのみならず、数字や記号にまでその効果を及ぼしてしまいます。 機械的に Shift キーを入れっぱなしにするという機構上仕方がないことなのですが、 少々不便であることは否めません。そこで、Shift Lock キーの効果をアルファベットのみに限定した「Caps Lock キー」が考え出された、というわけです。 ちなみに、「caps」とは「capitals」の省略形で、「capitals」とは 「大文字」のことですから、「capitals lock」とは「大文字ロック」といった意味になりますね。
現在の計算機用のキーボードで「大文字入力を補佐するキー」 として使われるのは殆どが Caps Lock であり、Shift Lock を採用したものは稀です。 しかし、世間には「Caps Lock」という刻印がありながらも機能的には実は Shift Lock キーだったり、Shift を押しても Caps Lock が一時的に無効になってくれないものなど、Caps Lock とは言いながらも、機能的には多少怪しい仕組みも出回っています。
全然関係ない話ですが、かなタイプライタの中には、Caps Lock (Shift Lock かも)キーの刻印として「トメ」と打たれたものがあったようです。 筆者は実際にかなタイプライタを見たことはないので確証はありませんが、 かなタイプライタの配列を定義した「JIS B 9509-1964」には定義されていますので、多分存在したのでしょう。
Caps Lock キーは通常のキーと異なり、「トグル」…つまり、 オンの状態かオフの状態かでキーボードの動作を変える機能を持っていますから、 「現在の状態を知らせる仕組みがあると便利かもしれない」 などと考える人が出てくるのは当然です。というわけで、 世の中には「現在 Caps Lock が入ってます」ということをユーザに知らせる仕組みが幾つかあります。
- ロック方式
-
Caps Lock キー自体にロック機構がついていて、ちょうどスイッチみたいな感じになっています。 キーを押すとキーが押された状態(つまり、へこんだ状態)でロックされ、もう一度キーを押すとロックが解除されます。 Caps Lock が入っていることが、目で見なくても指先だけでわかるのがメリットではあるんですが… ロックをかけるためにいちいちキーを「押し込む」必要があるっつーのは、 非常に面倒臭いので困りものです。
さらに、ロック方式の Caps Lock キーは、ソフト的にキーの位置を入れ換えようとしたときにも問題になります。 Caps Lock 以外のキーが入りっぱなしになるっていうのは異常ですからね。
タッチが他のキーと全然異なるため、間違ってタイプしたときにすぐわかりますし、 間違ってちょっと触ったくらいでは Caps Lock が入るようなことはありませんが、 どちらかと言えば邪魔な存在であると思います。
この機構は Apple Keyboard で採用されていますから、Macintosh ユーザにはお馴染みのものです。 しかし、Macintosh 用の Caps Lock キーと Ctrl キーの入れ換え用コントロールパネル「SwapKey」に、 わざわざこのロック機構を解除するためのキーボード改造ドキュメントが添付されていたのにはちょっと笑ってしまいました。
- LED 方式
キーボードに LED がついていて、Caps Lock を押すと LED が点灯するという仕組みです。 テンキー部分の上側についていることが多いみたいですね。 でも、タッチタイプでキーボードを使っている人はキーボード自体滅多に見ませんから、インディケータとしての意味はあまりないような気もします。
たまに、LED が Caps Lock キーそのものについていることがありますが、 キートップをばらして掃除しようとしたときに、LED をなくしてしまいそうで怖いです。
- 画面にインディケータ出しちゃうぞ方式
Caps Lock が入っている状態になると、画面上に「今 Caps Lock が入ってますよ」ということが表示される、っていう方式です。 かな漢字変換システムのパレットについていることが多いですね。
タイプ中、文字に集中していればいちいちインディケータを見ることもないわけですから、 この方法にもメリットがあるとはあんまり思えませんが… 少なくとも、キーボードに LED があるよりは格段にましであると言えるでしょう。
個人的には、PowerBook 100 で採用していた「Caps Lock」機能拡張… あれが他の機種でも使えればよかったのですが、何故かほかの PowerBook では Caps Lock キーに LED がつけられてしまいました。 いや、別にこの機能拡張がよかったっていうわけではなく、他の PowerBook のキーボードに LED がついた、というのが問題なのですが。
尤も、ロックにしても LED にしても画面に出すにしても、 必要ない人には必要ないわけです。特に Windows な世界で使われている 101 キーボードや日本語 106 キーボードにはほとんど LED がついているのですが、 「こんなところに金かけるんならもっとマシなもん作らんかい!!」 とか思っているのは、私だけではないはずです。
さて、この「Caps Lock」というキーなんですが、 キーボードを使う人の間ではその存在自体に賛否両論があるということは先週書いた通りです。 「必要ないから外してしまえ」という人もあれば、「もっと大きくしてくれよ」 という人もいます。前者は Ctrl キーを多用する UNIX 使いに、 後者は一般的な文章書きに多く見られる傾向ですね。
前者、特に UNIX 使いが Caps Lock を嫌う理由は「UNIX では Caps Lock を使わずとも大文字を入力する手段が幾らでもある」というのもあるのですが… それよりも、エディタに起因する次の二つの理由によるところが大きいのでしょうね。
まず、UNIX の標準的なエディタである vi エディタ。 第 5 回 でも書いたように、 vi にはコマンドモードと入力モードという、二つのモードがあります。 「コマンドモード」というと複雑なコマンドを入力するようなイメージがあるのですが、 vi のコマンドは非常にシンプルで、基本的には文字 1 文字だけです。
例えば、カーソルを上下左右に移動するにはそれぞれ「k」「j」「h」「l」を使います。 また、入力モードに移行するには「i」を、段落の先頭に移動するには「{」が利用されます。 しかしこのコマンド類、実は大文字小文字でそれぞれ機能が異なってたりするのですね。 例えば、大文字の「J」は、現在の行と次の行を連結する (「join」の「J」なんでしょうか)という役目を持っています。
もうおわかりかと思うのですが、間違って Caps Lock が入った状態で vi のコマンドをタイプすると、予想に反した動作が起こってしまうのです。 カーソルを下に移動させようと思って「j」を押しっぱなしにしていると、 実は Caps Lock が入っていて、下の行がどんどん繋がってしまった… などということになってしまいます。そのため、Caps Lock は思いきり嫌われているのです。
さて、UNIX エディタ界のもう一つの雄、Emacs。 こちらでは基本的に「Ctrl + 1 文字」という形で操作するようになっています。 例えばカーソルを上下左右に移動させるには、Ctrl キーを押しながらそれぞれ「P」「N」「F」「B」、 ファイルをセーブするには「Ctrl + X → Ctrl + S」 という感じです。このように、殆んどの操作は Ctrl を伴って行います。
Emacs 使いが Caps Lock を嫌う理由は、「A の横なんかに Caps Lock があったら、大事な Ctrl が遠い位置に置かれてしまう」 という、至極当然なものです。
もっとも、Emacs 使いでなくても、UNIX の操作では Ctrl キーが多用されますから、 「Caps Lock と Ctrl 、A の横に置くならどっち?」と質問すれば、多くの UNIX 使いは「Ctrl」と答えるかと思いますです。 もっとも、GUI を完備した NEXTSTEP や SGI の Irix を使っておられる方、UNIX 使いだけどプログラマではない方などは、どう答えられるか分かりませんが…。
パソコンやワープロな環境にいる人は 「何故そんな変なキー操作でカーソルを移動するのだろう。 カーソルキーを使えば済む話ではないか?」などとお思いになるかもしれません。 でも、ホームポジションから手を動かさなくてもよいため、 実はカーソルキーでカーソルを移動するよりも格段に楽という事実があります。
同じ理由で、「マウスに手を伸ばさなくてもキーボードだけで編集作業が全て出来てしまう」 というのも、いろいろ楽なのです。
さて、後者なのですが、こちらは通常の文章書きに多いかと思います。 大文字が多い文章をタイプしたりするとき、Shift キーを押しながらタイプしていたのではタイプ速度は確実に落ちますから、 Caps Lock は必須だと言えましょう。 また、ある種のかな漢字変換システムには「Caps Lock で入力する文字の種類を変えられる」という機能がありますが、この機能を愛用されている人は Caps Lock を頻繁に使うのでは、と思います。
私自身は腐っても UNIX 使い(腐っている UNIX 使い?)ですので、やはり A の横には Ctrl キーがあるのが当然、などと考えています。 しかしながら、C でマクロを定義する場合など、Caps Lock もあればあったでちゃんと使います。ですから、「A の横には絶対に Ctrl キーがあるべきだ!!」などと声高に主張する気はありません。
けど、大切なのは「計算機を使うユーザが、自分の好むキー配置のキーボードを常に使えるような環境にある」ことだと思うのです。 Caps Lock の位置にしても必要な人は使いやすい位置にあるキーボードを、 使わない人は使いづらい位置にあるキーボード、 あるいは最初から Caps Lock がないキーボードが選べるような、 そんな環境になってほしい、と思います。 キーの配置くらいで、計算機を使う人間の生産性を落すようなことになったら、勿体ないですよね。